世界に通用する京都の丹後織物「kuska fabric」が生み出す繊細で上質な光に迫る

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ロンドン王室御用達のお店「HUNTSMANハンツマン」に、300年もの歴史をもつネクタイが販売されています。

国内外で一流のコラボレーションを実現する「kuska fabric」

かつて廃業の危機に追い込まれた丹後織物の工場は、いかにしてこのような発展を遂げたのでしょうか。

今回は、京丹後で丹後織物の技術をモダナイズすることに成功した「kuska fabric」の工房にお邪魔し、kuska fabricのこだわり手織り機でしか作れない織物の魅力、そして職人の方々に話を伺ってきました。

伝統技術に興味がある方や、自身のアイデンティティとして一流のネクタイやアクセサリー、バッグを買い求めたいという方は、ぜひ読んでみてください。

目次

国内外で一流ブランドに起用されているkuska fabric

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引用:https://kuska.jp/

約300年前から京都北部・丹後の地場産業として根付いている丹後織物

日本のシルク織物の60%、日本の着物生産の70%を占めており、かつては様々な和装シーンで欠かせないものでした。

一時期は「ガチャマン(織機をガチャンと織れば万の金が儲かる)」と言われるほど繁栄していましたが、和装需要の減少や呉服離れにより衰退の一途をたどることに。

そこに新風を吹き込んだのが、kuska fabric現社長・楠泰彦さんです。

上品なシルクの輝きを放つネクタイや、革で織ったバッグ、スニーカーなど、今までの丹後ちりめんのイメージとは一線を画す商品展開をされています。

kuska fabricのネクタイが売られている「HUNTSMAN」は、名門高級紳士服店が並ぶ通りSavile Rowサヴィル ロウにあり、映画「キングスマン」の舞台にもなった名店です。

また、BMW X7 NISHIKI LOUNGEのソールボックスに採用されたkuska fabricの手織りレザーは、「BMWと日本の名匠達の共演」と話題になりました。

さらに、2024年度の自民党総裁選では小泉進次郎氏が丹後ブルーのネクタイを、それ以前にも多くの政治家の方々がkuska fabricのネクタイを身に着けています。

kuska fabricの上質な光沢感が「世界に挑戦できるブランド」として多方面で評価されています。

kuska fabricを支える工房へ

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泰彦さんは2008年に代表取締役に就任した際、従来使っていた機械織機をすべて処分し、自社で製作した手織り機にチェンジ。

人が手織りすることでしか出せない「質感」と機械の「生産性」を両立させました。

手織り機にしか出せない丹後織物の魅力とは、どのようなものなのでしょうか。

工房を覗くと、ガチャンガチャンという機織りの音が鳴り響いています。

泰彦さんが工房の入口にある2反の生地を見せてくれました。

一つは触り心地が固めの生地、もう一つは私達が良く知るツルツルとした白い生地です。

実は、固めの生地にはシルクの繭に含まれる「セリシン」というタンパク質が入った状態なんだとか。

セリシンが入ったままだと生地の風合いが悪く、また栄養価も高いことから虫に食われやすいそう。

そのため、「精練」という作業をして取り除きますが、なんとその割合は20%ほど!残りの80%を使って、丹後ちりめんは作られていくのですね。

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セリシンから作られる入浴剤や化粧品

省かれたセリシンは、人の肌と相性が良いことから化粧水入浴剤に活用されます。繭から生まれたタンパク質と聞くと、シルクのようにツルツルな肌になれそうな感じがしますね。

工房の奥に進むと、手織り機がたくさん並んでいます。

ジャガード織機の仕組みで動く手織り機

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生地を織る糸は、なんと髪の毛ほどの細さ。こんなに細い糸が縦と横に合わさり、生地を作っていくのかと驚きました。

手織り機には、穴が開いているものをゼロ、開いていないものをイチとする紋紙もんがみ、つまり図案があらかじめプログラミングされており、職人さんが手織り機を上下させて織っていくんだそう。

これは、フランスの発明家・ジャカール氏が発明した「ジャカード織機」の仕組みを採用しています。ジャカード織機の仕組みは、コンピュータを制御する二進法のヒントになったものでもあるんですよ。

その技術が丹後に入るまでは、すべて人が手動で織機を上げ下げしていたんだとか。そのためそれまでの丹後織物は、主に寺社仏閣へ納品されるほどの超高級品でした。

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柄に合わせて紋紙を作るのは、これまた丹後の職人さんです。織物を作る一つ一つの工程は、それぞれのプロの技術によって成り立つということがわかります。

そして、紋紙を使って実際に手織り機を扱っていくのが、kuska fabricの職人の方々です。

機械には出せない「光」を作っていく職人技

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手織りの様子を近くで見学させて頂きました。

職人さんが5本の糸が入ったシャトルを縦糸の間にシャッと通し、足元にあるレバーを踏んでガチャンと機織り機をおろすと、横糸が入って織り目が出来ていきます。

ここにも、先人の知恵で作られた細かい技術がいたるところに見られます。

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たとえば、このシャトルの中には鉛が入っています。これは、シャトルに重みを持たせることで、端までスムーズに飛ぶように工夫されたものなんだとか。

このシャトルには5本の糸がたくさん巻きついていますが、途中で数本がゆるんできてしまうため、随時糸の状態を気にかけておく必要があるそうです。

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また、織った生地が内側に入り込もうとするのを防ぐために、伸子針しんしばりという竹板が使われています。

これは、竹板の両端に針を付けた板を生地の両端にかけておくことで、生地の横幅を保つというもの。道具の一つ一つに、先人の丹後織物の職人の知恵が活かされているのだなと実感しました。

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そして、職人さんが今織っているのが、丹後織物の織り方の一つ「フレスコ」です。フレスコとは、縦糸と横糸が絡み合うように織っていく「からみ織り」の一種。

機械だと目に見えないほどのスピードで織り進められますが、人が手織りすることで織り目が空気を含み、光の陰影を作り出すため立体的に仕上がります。

これこそが機械にはできない神業であり、他の素材には出せないシルクのもつ光の反射力を最大限に引き出す技術なのです。

実際に生地を見てみると「横から見るとシルバーのように見えているのに、真正面から見ると白さが際立つ」といった具合に角度によって違う色に見えます。

そして表面をアップで見てみると、一つ一つの織り目がぷっくりと膨らんでいて立体的に見えます。これが、機械で織るとまっ平らになってしまうんだとか。

この光の反射によって、決して単色の灰色になるわけではなく、シルバーのような黒のような、どちらとも断言できない複雑さを秘めた色になるのです。

そのため、一見派手にも思える鮮やかなブルーの糸も、黒の糸と合わさることで明るさを残しつつ落ち着いた色みに仕上がります。

また、人が織ることで織り目の大きさや幅に数ミクロン単位で違いが生じ、その積み重ねが織物の表情となっていくそう。

上質な色合いで同じものが一つとしてない唯一無二の作品は、このようにして出来上がるのですね。

「夫婦喧嘩や家庭のいざこざは機織りに持ち込んだらあかん」

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織物の表情は、その日の湿度や職人さんの精神状態によっても変わってきます。

空気が乾燥していると糸が硬く張りやすいため力を入れて織る必要がある一方、雨の日には糸が緩んで戻りやすくなるので、力の加減が難しいのだとか。

また、職人さんの気持ちがギスギスしているときには力が入りすぎて織り目がつぶれてしまい、他のことに気を取られてうわの空の状態で織ると織り目にバラつきが出てしまう、なんてことがあるそうです。

そのため、手織り機の前に座ったら、まずは精神統一。

手織り機の前では、無理にでも気持ちを切り替える必要があります。

「その切り替えは大変でもありますが、一生懸命織っていると嫌な気持ちを忘れられるので、むしろ1日を楽しく過ごせて良いのかも」とのこと。

さらに、午前中はうまく織れていたのに午後から雨が降って糸の状態が変わってきたなんてこともあるため、常に気は抜けません。

「ちょっとしたバラつきにすぐに気づき、調整しながら良い織物に仕上げていける、というのが本当の意味でプロなのかもしれない」と職人さんは言います。

そして手織り機も常に万全な状態とは限らず、不具合が生じたら職人さん自身で修理・調整しなければいけません。

そのたびに作業は中断してしまうため、根気よく手織り機と向き合い、自分の機として育てていく必要があるのですね。

それでも、「いつまで経ってもうまく織れない」「織り目にブレが生じてしまう」など、心が折れるタイミングも数知れず。

何度も挫折を感じながらも精進を重ねていける原動力は、一体どこから来ているのでしょうか。

職人魂を支える原動力とは

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ある日、お客様がkuska fabricのネクタイを付けてきてくれた姿を見て、はっと気が付いたんです。

それまで私にとって「一枚の生地」だったものが、織ったあとには斜めに裁断されてネクタイになっていく。そしてそれを気に入ってくれたお客様が購入し、身に着けて自身のアイデンティティにしていく。

そのことに気が付いたとき、自分たちが作っているものの意味を深く認識することができました。

そして、お客様から感謝のメッセージを頂いたり、メディアの方が見学に訪れて感動してくれたり…と、自分たちが生み出しているものの尊さを知りました。

子供の頃に機織りの音を聞いて育っていたのが、まさか自分がその音を紡ぐ職人になるとは考えもしませんでした。そしてそれが実現したのは、先輩たちが大切に技術を守り、伝えてくれたおかげです。

さらに、それを若い世代に引き継ぐ環境が整っていることがどれだけ素晴らしいのかということを実感しました。

今では、世代を問わず職人たちと一緒に研鑽を積み、技術を高めていける環境にやりがいを感じているんだそう。

常に高い品質を保つ必要がありながらも、かといって毎日同じように作業していてはいけない。うまくいったと思っても次の日にはうまくいかない。

その繰り返しで出来上がる織物は、まさにクリエイターアーティストの技術の結晶と言えます。

kuska fabricの人材育成

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kuska fabricで活躍する職人さんのほとんどは、最初は織物未経験の方ばかり。なかには、最初はパートとして時短で働き、お子さんの手が離れてきたらフルタイムで勤務する方も少なくないそうです。

手織り機の扱いや技術の伝達の仕組みは整っているため、入社後2~3か月で製品を完成させることができます。

それでも高品質の織物を作り続けられるようになるには、最低でも2~3年はかかるんだそう。

そして、職人の方は機織りだけでなく縫製まで携わり、織物の工程を一通り経験します。

そうすることで、生地の隅々までネクタイとして使われること、そしてほとんどの工程が手作業のため最後まで気が抜けないということがわかり、自然とプロ意識や技術が高まっていくのですね。

これは、「お金を稼ぐために働く」というスタンスではなく、「ものづくりや織物が好きだから働く」というスタンスの方でなければ続けられない仕事です。

「好きこそものの上手なれ」とは言ったものの、粉骨砕身の覚悟が無ければ成しえない技とも言えますね。

kuska fabricの商品展開

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kuska fabricでは、ネクタイ以外にもさまざまなアイテムを展開しています。

例えば、真綿というシルクを使ったマフラーは、シルクと比べてボリュームがあり綿のようなやわらかさが特徴です。

また、ピアスやヘアバンドといったアクセサリーや、エコバッグ、牛革で編みこんだレザーバッグ、そしてスニーカーまで幅広く展開しています。

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レザーバッグは革用の特殊な織機を使い、最後は日本一のかばんの産地・兵庫県豊岡で仕上げています。

※ネクタイは様々なお店で購入できますが、他は原則自社販売のみ。

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他にも、泰彦さんの趣味であるサーフィンにちなんで、kuska fabricの丹後ブルーを織り込んだサーフボードも。

こんなにおしゃれで目をひくサーフボードが丹後織物だと知ったら、より多くの方が丹後織物を身近に感じますよね。

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さらに、最近ではファブリックアートも展開中。

実は、見えている面は絵の「裏側」で、表と裏のどちらも飾ることができます。

ここには、表と裏で違う表情をもつ「美しさと人間らしさ」という意味が込められ、クスカの企業理念「美しさと人間らしさを追及する」につながっています。

泰彦さんは、「今後は、画家やアーティストとコラボレーションもしていけたら」と丹後織物の可能性に期待しています。

丹後織物の今後の課題

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特殊な糸を使う場合は昔ながらの糸車が活躍

泰彦さんは、丹後は織物の製造には長けているものの、商品をブランディングする力やPRする力は発展途上だと感じているそうです。

そのため、kuska fabricでもマーケットに沿う商品展開とPRのノウハウを補うため、現在もデザイン・PRの部分は各分野のプロに任せています。

「潔く各分野のプロに依頼する」というスタンスは、それぞれの分野のプロへ尊敬の意が込められているとも言えますね。

また、ビジネスとして成り立たせるためには、人々が欲しいと思うものを作らなければいけない、自己満足で終わらせてはいけない、という意識は、存続を目指すすべての伝統工芸に必要なものかもしれません。

kuska fabricを訪れて

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雪も壁面アートの一部のよう

建物の外観には、丹後の波に乗ってサーフィンを楽しむ動物たちの姿が描かれています。ここに描かれている猿や鹿、そしてカニは、すべて丹後に生育する動物たち。

これは、丹後の久美浜町出身のアーティスト210ツーテンさんが描いたウォールアートで、大きな白い面はkuska fabricが誇る織り方のひとつ「ガルザ(もじり織)」を視覚化したものです。

伝統産業と現代のアートが融合し、一つの作品を作っていく取り組みは素敵ですよね。

kuska fabricは、「立体感をもった生地」が生み出すオンリーワンの高級感が評価され、今や世界的ブランドに成長しています。

それは、丹後の手織り技術が本物を求める人々のニーズに合致し、世界でオンリーワンになりえると信じた泰彦さんの想いが形になったと言えます。

現在、丹後で手織りをしている企業はクスカだけなんだそう。この技術は丹後の魅力のひとつとして、今後も大切に守っていきたいですね。

また、話を伺った職人さんのアーティストとしての心意気も、執筆業をライフワークとする私自身の心にも響くものがありました。

この記事を読んでいる方も、何か心に響くものを感じて頂けたら幸いです。

kuska fabric 基本情報

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kuska fabric tango factory shop 京都丹後
住所:京都府与謝郡与謝野町岩屋384-1
TEL:0772-42-4045
営業時間:10:00~17:00
定休日:日(不定休。カレンダーを要確認)
HP:https://kuska.jp/
Mail:info@kuska.jp
Instagram:https://www.instagram.com/kuska1936/
kuska fabric flagship shop 帝国ホテルプラザ東京
住所:東京都千代田区内幸町1-1-1 帝国ホテル東京 地下アーケード
TEL:03-6205-7822
営業時間:10:00~19:00
定休日:施設休館日に準ずる
Mail:shop@kuska.jp

kuska fabricの取扱店舗に関する情報は、こちらを参考にしてください。

また、商品を購入して頂いた方は、工房の見学ができます。

オーダーメイドも可能で、ネクタイの製作期間は2〜3ヶ月ほど。その他のアイテムは、お問い合わせ下さい。

MATSUMURA
JAPANOPIA編集部ライター
ライター歴6年。兵庫生まれで学生時代はアメリカやインド、タイ、台湾などを訪れ、日本と文化の違いを楽しむ。
京都の茶筒「開化堂」や切り絵作家 早川鉄兵氏が作品を通して伝統技術を今に伝える活動に感銘を受けてからは、日本の伝統技術に興味。
今では、主に京都や滋賀、兵庫エリアの穴場スポットや地元の人に愛される名店などをもっと知ってほしい!そんな想いで取材や調査を行い、リアルで詳しい情報を提供しています。
歴史や伝統文化、日本ならではのしきたりも、背景を知ればもっと面白い!
「そこに行ってみたい!」「体験してみたい!」と思ってもらえるように日々記事を執筆中です。
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